66 :「見える」彼女:2006/10/01(日) 19:42:12 ID:k9/aj/EP0

大学2年のある日、爽やかな初夏の気候の中、
俺と友人達は近くの山にハイキングに来ていた。
車で1時間ほどのところにある小高い山。
近所の人達はよく散歩コースとして利用しているらしい。
日頃の運動不足が祟ってか、結構キツかったが、
自然の中を歩くのは、気持ちよかった。

頂上に着いて昼食をとった後、少し遊んでから下山した。
下りは登りよりキツい。山の中腹に来た頃には、夕暮れが迫っていた。
人の手が加わった登山道とはいえ、暗くなると危ない。
少しペースをあげて、日が暮れる直前には山を下りることができた。
その代わり、全員クタクタだ。
俺も、もう一人の運転してきた奴も、足が疲れてブレーキ踏める自信がない。
疲れが取れるまで、その山の麓に設けられた公園で思い思いに過ごすことにした。

日が落ちて、山は表情を変えている。
瞬間、影に包まれた山が巨大な生き物のように見えて、俺は少し身震いした。




67 :「見える」彼女:2006/10/01(日) 19:43:39 ID:k9/aj/EP0
「登山って、怖いよね。」
唐突に声をかけられ、振り返る。
声の主が街灯の光を背に薄い微笑を浮かべて立っていた。
「まぁ、な。こうして夜になってみると、やっぱり不気味なもんだ・・・。」
違う違う、と彼女は首を振る。
「そういうのもあるけどね。私が言っているのは、登山が持つ意味のことよ。」
来た。
こいつはそういった異界の者を「見る」力を持っている。
そういう方面の話についての造詣も半端じゃなく深い。
それにしても・・・山が持つ意味?
それはなんだ、と彼女に聞いた。
怖い目に遭うことは百も承知だ。しかし、好奇心を抑えられなかった。

「あんたさ、山って何だと思う?」
俺の質問に答えず、彼女は質問をしてきた。
素直に考える。俺はあくまで彼女に教えてもらう身だ。文句は言えない。
山・・・山、ね・・・やま・・・。
ブツブツと独り言を繰り返す俺が見ていて怖かったんだろうか。
彼女がヒント、と言って話し始めた。
「昔、海の向こうは常世の国があるって信じられていたわ。
 田道間守の話なんか有名でしょ?
 そんな風に海の向こうには常世の国があるって考えられていた。
 じゃ、ここで問題。それに対して、山はどう捉えられていたと思う?」
ぐ、と返答に詰まる。
海の向こうは常世。ならば、それと対成す山が持つ意味は・・・
「黄泉、か?」
ニヤリ、と彼女が笑う。
「半分正解。実際、山が黄泉の蓋をしているって捉えている話がいくつもある。
 でも、それはあくまで蓋であって、黄泉そのものじゃない。」
相変わらず、意地が悪い。だったら最初から
「海の向こうは常世。山は現世と黄泉の境って考えられていた。」
の一言で話は済む。

68 :「見える」彼女:2006/10/01(日) 19:44:42 ID:k9/aj/EP0
ここまで聞けば、なんとなく、登山が怖いといった理由も分かる気がした。
「つまり、お前は登山が黄泉への小旅行みたいなもんだと考えてるわけか?」
「正解。黄泉比良坂登っちゃってるわけだからね。」
そりゃ、確かに怖い。
怖いといえば怖いが、どちらかというと、
「へぇ~、そうなんだ」という気持ちのほうが強かった。
要するに、怪異談としてはぬるい話だった。

なるほどねぇ~、をしきりに繰り返す俺に、彼女が言った。
「以上の事を踏まえて、お知らせがあります。」
・・・・・・はい?
俺達が今、黄泉路から現世に戻ってきたことを踏まえて・・・?
嫌な予感がした。

「・・・私達が集合したのが午前9時。この山まで車で1時間。
 つまり、登り始めは10時ってことよね。」
実際はもう少し早かった。確か9時43分。確か腕時計で確認している。
「で、頂上に着いたのが11時37分。これは私が確かめた。」
それを聞いて、携帯のメール送信履歴を開く。
頂上に着いたぞ、と今日来れなかった友人に送ったメールがある。
送信時間は11時39分。どうやら彼女は間違ってないらしい。
「で、お昼食べたりで、頂上に居た時間は大体2時間くらい。
 そして、私達は下り始めた。確か・・・13時30分くらい。」
それも間違いない。腕時計を見て、一番暑い時間帯に下山か、と思った。
確かに時計の針は13時30分くらいを指していた。

69 :「見える」彼女:2006/10/01(日) 19:45:41 ID:k9/aj/EP0
ふと腕時計を見た。針は19時16分を指している。
30分以上はここに居るとしても、山を下りきったのが18時30分くらいだ。
休憩は下山中、2回しか取っていない。2回あわせても30分ほどだ。
そして、休憩は登山中も大体同じだけとっている。
登りと下りでルートを変えたりはしていない。

何かがおかしい。
だが、その違和感の正体がつかめない。
考えれば考えるほど、鰻のように手からするん、と逃げ出す。

「・・・まだ気付かない?
 なぜ私達は、2時間で登れた山を下るのに、5時間もかかってるのでしょう?
 そして、私以外の誰もそれを疑問に思わないのはなぜでしょう?」
あ、と短く声をあげたきり、俺は何も言えなかった。
目の前に起きている怪異を受け入れるのに精一杯だったからだ。

「引っ張られてたのよ、私達。」

彼女が独り言のように答えを呟いた。
風が吹く。身震いしたように、ざわり、と黒い山が震えた。


元スレ:あなた発信オカルト話