16/08/18
数年前結婚した年のお盆休み、嫁の実家に泊りがけで行った時のこと。

嫁の実家は中国地方の山の中で、最寄りの高速インターから2時間ほど走った所。

生まれも育ちも大阪、両親の実家も市内にあった俺にとっては、夏の田舎の景色は新鮮で楽しかった。嫁実家の周囲を堪能した翌日は、もうちょっと足を延ばそうと、嫁と二人車で出かけた。

ナビも使わず適当に車を走らせて、周囲の景色を楽しんでいた。低い峠を越えて1時間ほど走ると道がぐっと細く、まばらな家々もみんな空き家のようになっていった。道沿いの田んぼもほとんどなくなった。



「もうそろそろ戻ろうよ。このままだと本格的に山の中に入っちゃうよ」

と嫁。そうだな、と方向転換できる場所を探そうとゆるゆる行くと、無舗装のわき道を見つけたのでそこへ頭を突っ込んだ。

前方は山すそから休耕地というのか、草ボウボウの広い空き地が広がっており、そこに道が続いていた。そのぽっかり開けたところの真ん中がキラキラ光っているのが見えた。

「あれ、なんだろ?」

「池かなんかでしょ。早く戻ろうよー」

「いや待て待て、なんか綺麗だし」

と構わず車を進めると確かに小さな池だった。6時にはなっていなかったと思うが、後ろの山に陽が落ちかけて、青く沈んだ山の手前にある池が夕日でキラキラしていたのだった。

「おー綺麗やな!ちょっと車降りて見てこようよ」

と俺。嫁は

「池なんか見ても仕方ないし。ここで待ってる」

と、のってこないので、行けるところまで車を進め、嫁をおいて一人で車を降りた。

池は25メートルプールくらいの小さなもので、貯水池なのか下手になるほうに小さな水門のようなものがついている。ぶらぶら歩きながら山手側を見ると、池のへりに小さな鳥居があった。

「なんで鳥居?神社なんか見当たらないよな?」

近くまで寄ってみる。鳥居は木製で、俺の胸のあたりくらいしかない。たいして気にもとめず、そのまま鳥居の横を過ぎて池を回り込もうとした。

その時、しゃん、しゃん!と巫女さんが持っているような鈴の音が聞こえた気がした。あれ?と思って振り向いたけど何もない。

山にさえぎられて、もう俺と池の周辺に陽差しはなくなっていた。池もキラキラしていなかった。気のせいか空気もヒンヤリしてきた。

と、またその時確かに、しゃん!と鈴の音が聞こえた。ひえー、ちょっと怖いぞ?と足を早めだしたとたん、

ビーーーーー!

と俺の車のクラクションがすごい勢いで鳴った。心臓が止まるかと思った。すぐに車の方を見た。

車はまだ陽に照らされていて、ハンドルに抱き着ついている嫁が見えた。その嫁がわめいているような形相でクラクションを押し続けている。

どうした!?と全速で走って車まで戻ると、

「早く乗って!乗ってってば!!」

嫁がすごい形相でわめきながらドアを開ける。急いで車に乗り込んだ俺が「どうした?」と言う間もなく、嫁は必至な形相のまま、車をバックさせ始めた。

パーキングでいつも苦労している嫁が、ずいずいと車をバックさせ、脇道から本道に戻って切り返し、すごいスピードで走り出した。

俺はしばらく呆気に取られてたが、だいぶ戻って道が広くなった所で運転を代わり、「どうした?」と嫁に聞いた。嫁は涙目で、首を横に振るだけだった。

とにかくナビを起動させて、嫁の実家の集落から川2本ほどへだてた山端から1時間くらいかけて嫁の実家へ帰った。

帰宅してちょっと落ち着いた嫁が言うには、俺が行ってから嫁は車中でスマホをいじってたのだが、ふと顔を上げると、俺が鳥居に差し掛かる手前だったそうだ。

俺の周囲がなんかモヤモヤしてる?と思ったらしい。ちょうど陽炎(かげろう)で、空気が揺れて景色が歪む感じっていうか。

なんだろ?と思ってそのまま見てると、俺が鳥居で立ち止まった。するとモヤモヤの中に、うっすら人影のようなものが浮かんできたんだという。

半透明の白と赤の衣装の女性の後ろに、黒いだけの影がいくつもふわーっと浮き立つように現れ、俺の後ろぴったりついたそうなんだ。

俺が振り向いてまた前を向いたとたん、俺に覆いかぶさるかと思うぐらい、それらの影がもわーっと大きくなってきたそうだ。

嫁は一気に鳥肌がたったが、俺と一緒に逃げなきゃ!と思って運転席に移り、めいっぱいクラクションを鳴らして俺を呼んだらしい。

俺がダッシュで車に向かってくる時は、俺の後ろはまだモヤモヤしていたが、とにかく早く戻って来て!そいつらは来るな!来るな!と必死だったそうだ。

後は車でひたすら走る。怖くてバックミラーもルームミラーも見なかった。

確かに急にひんやりしたし、鈴の音も聞こえた気がした。俺には何も見えなかったが、そんなことになっていたのか?とその話を聞いて俺も鳥肌が立った。

俺もだけど、嫁も零感で今までそんな体験をしたことなかったんだ。

夕食時、義父が

「ドライブどこまで行ってきた?」

と聞いてきた。

嫁が「うん、あの辺は〇〇町か△△町かなあ。山端まで行ってきた」

と何もなかったふうに答えた時も、義父義母ともに特に反応はなく、

「へー。なーんもないやろ?町の人は面白いんかな」

と笑っただけだった。と、どうやら地元で噂があるとか、いわくのある場所ではなさそうだった。でも俺も嫁もまだ怖かったし、何より付いてきてないかどうか不安だった。

実際に見てしまった嫁は俺よりもっと怖いはずで、その晩は電気をつけたまま寝る!と主張した。俺もそのほうがありがたかった。

その夜中、何も怖いことや不思議なことは起こらなかったが嫁はまだ怖がっていたし、念のためと思い翌日二人でその辺りで一番大きい神社へ行くことにした。

とりあえず家内安全と災難除けのご祈祷を二人で受け、車も交通安全(これでいいのか?)のご祈祷を受け、お守りを3つもらって帰ってきた。

その後は何もない。毎年嫁の実家へも帰るけど、何もなくてホッとしている。

あの池で何かあったのか、嫁が見たものはなんだったのか、何もわからない。ただ思い出すと本当に怖い。