13/06/14
日本がまだまだ貧しかった、昭和31年の話。

東京E区に住んでいたA子さんが近所の小川で、1枚のワイシャツを拾った。ちょっとした汚れはあったけど、洗えば落ちそうだし、綺麗にして父親にあげようと彼女はそれを持ち帰った。

今なら考えられない事だけど、当時の庶民の生活水準からすれば、わりと当然の感覚だったらしい。

その日の夜、近所にお使いを頼まれたA子さんは、とある田んぼ道を歩いていた。



当時は家も建てこんでいなかったし、ぽつんぽつんと設置された街灯の頼りない光で、周囲の様子がぼんやりとわかる程度。その薄闇の中、ふとある光景がA子さんの目に飛び込んできた。

ごそごそと動く黒い塊。よく見ると一人の男が道端にかがみこんで、何かを懸命に探している。視界の効かない夜の田んぼで、明かりも持たずに探し物…?

薄気味悪く思ったA子さんがそっと引き返そうとした時、男が突然振り向いて言った。

「ワイシャツを返してくれ…」

A子さんは悲鳴を上げ、必死で家に向かって走り出した。

ワイシャツ!?昼間拾った、あのワイシャツの事だろうか。そうに違いない。でもどうしてあの男は、自分がワイシャツを拾った事を知っているのだろう。まだ誰にも話していないのに。

命からがら何とか逃げ帰ったA子さんは、父親に事の次第を打ち明けた。

田んぼで探し物をしていた男が、たとえ生きた人間にしろ、話は尋常ではない。結局翌朝を待って、A子さんは父親に付き添われ、近所の警察にワイシャツを届け出た。

しばらくして、強盗殺人犯が逮捕された。逮捕の決め手になったのは、A子さんが拾ったあのワイシャツだった。

あのワイシャツは、殺人犯が捨てた被害者のワイシャツだったのだ。付いていた汚れは、被害者の血液だった。

殺人現場はA子さんが幽霊かもしれない男を目撃した田んぼ道の近くだったらしい。

あの時A子さんが田んぼで見た男が、現場に舞い戻った犯人だったのか、被害者の霊だったのかはわからない。ただ、A子さんは幽霊だったと信じている。

そして、A子さんの届け出たワイシャツが有力な物証となり、逮捕に結びついたというのは、担当の刑事が事件解決の打ち上げ式の席上で、新聞記者に語った紛れもない事実だった。