09/08/21
俺が税務署の職員だった頃の話。
90年代の頃だが、田園調布のある家へ査察に入った。すると、玄関で奥さんがじゅずをじゃらじゃらさせつつ、
「悪霊退散、悪霊退散、悪霊退散。」
と、ひたすらつぶやいている。
この家がある神道系カルト新興宗教に帰依(きえ)しているのは調査で知っていたが、さすがに面食らったし不愉快だった。税務署員には珍しく短気な同僚Aは、
A「ずいぶんと奥さんは不機嫌ですね。」
等と皮肉を言う。家の主人もふんっと鼻で笑い、人を食った様な事を言う。
主人「家内が言うには、どうも本日来る客人が、災いを運ぶとの夢を見たらしくてね。」
家には宗教関係か、まがまがしいデザインの神棚があるだけで、他は普通のセレブの家である。
調査を開始するが、脱税の証拠が、どこを探しても見つからない。家の主人は余裕しゃくしゃくで頭に来る。と思った矢先、Aがあっと声を上げた。そして、調査してない所が一つだけあると言った。
A「神棚だ!」
Aが神棚に手をかけようとしたとたん、ひたすら「悪霊退散」を叫んでいた奥さんの顔が青ざめ
「地獄へ落ちる地獄へ落ちる。」
と騒ぎ始めた。主人も打って変わって怒り出し、
「やめろやめろ、呪われるぞ、死にたいのか」
と叫び出す。
俺達は、このあわてようを見てビンゴだと興奮した。Aが神棚を探ると、中から小さな箱が見つかった。証拠があったと色めき立つ中、怒鳴る奥さんと主人をよそ目に箱を開けた。
「うおっ。」とAが叫んだ。何と、中には女の髪の毛と爪、それから動物の干からびた目玉らしき物が大量に入っていたのだ。
調査員達もあまりの事にしーんとする。奥さんが目をおそろしく釣り上げた、怒りの形相でつぶやいた。
奥さん「だから言ったのだ。お前達、もう命はないかもしれないぞ。」
Aはぶるぶる震へながら箱を閉めて、神棚へ戻した。
上司に調査が失敗だった事を電話で連絡すると、上司から怒鳴り声が返ってきた。
上司「馬鹿野郎、だからお前は詰めが甘いんだよ。まってろ、今から俺が行く。」
しばらくして上司が来きた。上司は神棚にどすどすと直行して箱を平然と開け、箱に手を突っ込み探りだす。うえっ、よく手が突っ込めるなあ、と驚いていたら、上司がにやりと笑った。
上司「見ろ、箱は二重底だ。」
二重底の箱からは、脱税の証拠である裏帳簿が見つかった。主人と奥さんの顔が見る見る真っ青になる。上司は調査後に言った
「真に怖いのは霊や呪いじゃない。人間の欲望と悪意だよ。人間は金のためなら嘘も付くし演技だって平然とする。
今回の調査を見ろ。神棚に隠すずるさ、"呪い"に対する人間の恐怖を利用した巧妙な手口、真に怖いのは人間の欲望と悪意だ。」
それから、一年以内に、箱を触ったAが自殺し、上司が交通事故で死亡した。
二人が死んだのは偶然か?
本当に、真に怖いのは、人間の欲望と悪意だけなのだろうか…………
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