あたしの親友の姉は、夜の世界で働く、言うなればキャバ嬢やスナックをしてる人。美人な上にスタイルも良いのだけれど、幼い頃からよく問題を起こす地元では有名なヤンキーだった。親友は姉と仲が良く、買い物をしたり自分達の恋愛事情を話したり、親友のTwitterを見る限り親しい友人同士のよう。

そんな親友から聞いた、『姉が泣きながら家に帰ってきた』話が、ひどく不気味で、怖かったのね。




その晩友人の姉(Mちゃんとする)は、クラブで散々遊び尽くし終電も無くなり、止むを得ずに近くに住んでいた昔の友人宅に泊まらせてもらうことにしたらしい。かなり前に仲良くてしょっちゅうメールもしてたんだけど、最近はぱったり連絡も途絶えていたんだって。久々に電話して帰る術がないことを伝えると、いいよ、家おいで、って。快く迎え入れてくれて、Mちゃんは安心してその子の家に向かった。

久々にその友達の家に行って、中に入るとMちゃんは驚愕した。家の中は真っ暗で、夜中の0時を回ると言うのに電気ひとつついてない。錯乱した服に片付けられてない部屋。あ、これダメだ。その真ん中に座りこむ旧友。ただならない雰囲気が嫌でも分かるって感じだったらしい。それでも今から帰るわけにはいかなくてMちゃんは取り繕うようにY(旧友)に話しかけた。

「久しぶり、Y。元気してるん?」
「元気元気~、毎日めっちゃ楽しくて」

(会話はこんな感じだったと思う)なんだか喋り方もおかしくて、瞳の焦点が合ってない。これは完全に自分の知ってたYじゃない、薄々分かってはいたんだけど、ふと目線を下にやるとYの腕に無数の注射跡。その時に全ての違和感が確信に変わったらしい。直感で『あ、これダメだ』って感じたんだって。そう、いつの間にかYは薬に手を出してたんだ。当然にMちゃんは帰りたくてしょうがなかった、(ていうかその時に無理にでも出て行ったらよかったんだ)けれど、ベッドも寝床も用意してくれてて帰るわけにはいかなかった。そもそもこんな深夜に無理言って泊まらせてもらって今更やっぱりいい、は失礼だしね。こんな気味悪いところ早く寝て早朝に出て行こうって、諦めて眠りにつこうとした。んだけど。

「なあ、M、あの子にも挨拶してよ」

会話もほどほどに、疲れてるからって言い訳して眠りにつこうと横になったMちゃんをYが揺すり起こした。え?って、Mちゃん。当然その部屋にはYしかいないわけで、もう一人なんて見渡してもいなかった。物音もしてなかったし。

「一緒に住んどる子?どこにおるん?」
「ほら、あそこにおるよ」

Yが指差した先はクローゼット。思わずはあ?ってMちゃんは声を漏らした。

「なんであんなとこに人がおるんよ、そもそも入れるわけないやん」
「何言うとん?おるやん。あそこに。こっち見とるやん、なんでそんなこと言うん」

ああきっと薬の影響で幻覚見えちゃってんだなーって。適当にあしらおうとしたら、あまりにYがしつこくてさすがのMちゃんもキレたらしい。

「だから!見えへん言うとるやろっ」

反動でYの方に向いて怒鳴ったMちゃんは、言葉が出なくなった。五センチほど薄く開いていた後ろのクローゼットから、真っ暗闇の中眼球だけがこっちをじーっと見てたんだって。

人間って実際そういう場面に出くわしたら声も出なくなるらしい。混乱と恐怖で頭がいっぱいになって、Mちゃんはただ一刻も早くこの家を出なくちゃ、と感じた。そしたらYが、Mちゃんの方を真っ直ぐ見つめて、言う。

「帰らせへんよ。帰れるわけないやろ。もしこの家から出て行ったらお前、警察に突き出すからな」
「はぁ?!」

わけのわからないことを呟くYが、先程とは打って変わって怖くなった。玄関まで逃げて出ようとしたら、靴がない。出て行かせまいとしていたYが隠していたらしい。もう後ろからYは追い掛けてきてるわで、Mちゃんは裸足で外に逃げ出したらしい。そしてタクシーを拾って、そのまま家へ転がり込んだ。結局帰ってきたのが早朝五時くらいで、親友が家を開けたら姉が号泣しながら帰ってきて相当ビビったって言ってた。

それからは大丈夫だったの、って聞いたら、Mちゃんが家に帰ったあとYから100件くらい着信がきて、それから毎日メールもきてたらしい。内容はお前を警察に突き出すからな、とか嫌だったら帰ってこい、みたいな感じだったらしい。でも冷静に考えて薬やってるのはYの方だし、警察に突き出すも何も、それ自首するのとほぼ一緒じゃない?Mちゃんはそれからアドレスも携帯番号も変えて、暫くの間かなり精神的にやられちゃってたらしい。親友があんなクラブ好きの派手な姉が無気力なところ初めて見たって言ってた。今じゃだいぶ落ち着いて、仕事もちゃんと出勤してるらしい。もちろんキャバやスナックとか夜のお仕事なんだけど。

クローゼットの中の瞳は、本当の人間のものなのか、または人間では無い別の何かなのか。Mちゃんはあの時の眼球が頭に焼き付いて離れないって、今でも時折呟いてるらしい。