1: 名無しさん@おーぷん 19/10/25(金)23:28:03 ID:TnA
現代のすごい人たちが最後にたどり着いたとき言ってることはだいたい仏教と同じだし



2: 名無しさん@おーぷん 19/10/25(金)23:28:45 ID:TnA
原始仏教の方ね
小乗は100がいあって一理なし
大乗はお手軽だから許す

小乗
衆生の救済を目的とする教義(大乗、大乗仏教、偉大な乗り物)と対比的に用いる。菩薩行を称え、自らの教えを大乗と僭称する集団が、声聞乗と縁覚乗の二乗をまとめて小乗と呼んだ(この場合の声聞乗は当時の部派仏教を指していたとされる)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/小乗


大乗仏教
大乗仏教は、伝統的にユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の一派。衆生救済を目的とし、悟りを開いていないが、仏道に励む「菩薩」の立場を重視した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/大乗仏教



13: 名無しさん@おーぷん 19/10/25(金)23:52:28 ID:TnA
諸法無我
諸行無常
一切皆苦
涅槃静寂

結局つきつめりゃこれで
もっと突き詰めりゃ

諸法無我

こんだけだよね
この正解にたどり着くか、否定したいがために生きてるだけ

諸法無我
諸法無我は、全てのものは因縁によって生じたものであって実体性がないという意味の仏教用語。

https://ja.wikipedia.org/wiki/諸法無我


諸行無常
諸行無常は、仏教用語で、この世の現実存在(森羅万象)はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/諸行無常


一切皆苦
一切皆苦は、仏教における四法印の一つである。阿毘達磨(アビダルマ)文献によれば、苦は「逼悩」の義と定義される[要出典]。「圧迫して(○○○○○に)悩まされる」という意である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/一切皆苦


涅槃寂静
涅槃寂静は、仏教用語で、煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、静やかな安らぎの境地(寂静)であるということを指す。

https://ja.wikipedia.org/wiki/涅槃寂静


15: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:08:15 ID:7w3
>>13
諸法無我と涅槃寂静が逆じゃないか?

「結局は自我さえもねーのかよ」と悟って
すべての執着を諦めたら
もうじたばたしない精神が静かな状態になる

て感じだろ

17: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:12:23 ID:Avn
>>15
自我がないんだから、そうなるのはそうなるようになってたから
諸法無我を認められたら自動的に涅槃静寂に至る

そしてそれは決して精神が静かな状態ではない
それはあくまで肉体の状態で、自我そのものだから

悩んでも苦しんでも楽しんでも怒っても、涅槃静寂
それが諸法無我ってことだよ

20: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:16:51 ID:7w3
>>17
ちょっと違う

自我というのは肉体の事じゃないよ
古代インド哲学のマヌ法典から来る
「梵我一如」てあるでしょ

梵(宇宙)我(自我)は一如(同一)である

宇宙と自我は同一の存在であって、宇宙と共に永続し
そこにアラヤシキとマナヤシキというデータベースがあって、カルマが蓄積していき
そして次のカーストが決まるんだよ、ていう思想なんだけど

肉体は滅んでも自我は宇宙と共に永続するって思想な

42: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:59:05 ID:7w3
諸法無我というのは考え方が少なくとも二つあって

自我はあると思って、喜怒哀楽を自分の意思で出していると思っていても
それは周囲からの縁起による干渉で、そう思わされてるだけで
腹減った、てのも人間社会の時間に干渉されてるからその時間に腹が減るんで
そもそも親の干渉によってこの世に生まれてなければ腹も減らないと

自分の意思であれこれ考えていると思い込んでいても
実はそれは無数の縁起による干渉によって、そう思わされてるだけで
自我なんかねえんだよ。という縁起の話ね

これは続きもあって
自分という存在を定義しようとしても、宇宙まで広がっちゃうよ、て
名前は誰で、どこに住んでて、何年生まれで

て、これじゃまだ定義が足らんのよ
名前はAて、それは誰の子のAさんですか?
Bに住んでいて、つっても、そのBはどこの地域のBですか?
何年産まれでと言っても、それは地球のどこの暦の話ですか?

自分を定義しようとすると
誰誰の子の誰の子の誰の子の、て永遠と続いていくし
場所を聞いても最終的に宇宙まで広がっちゃうでしょ

自分を定義しようとしても宇宙まで広がる
ここは>>20に書いた梵我一如につながるよね



もう一つの諸法無我というのは
悲しいと思った、でも諸行無常なので、その悲しいという気持ちはいずれ消える
何かが食べたいと思った、でも諸行無常なので、その欲求もそのうち消える
恨みを持った、でも諸行無常なので、消えていくよね

「ずっと固定されている自我などないんだよ」て話
自我も諸行無常で夢幻の如く空なんだよ。て

14: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:04:04 ID:Uqc
精進料理という日本だけの高級御膳文化

16: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:11:08 ID:SqV
おなじセリフでもさ、苦労した人がしみじみ言うのと、何の苦労もしてない奴が言うのじゃ重みが違うよな

19: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:13:32 ID:7w3
>>16
釈迦なんか30歳くらいまで散々遊んで遊んで
それで「俺はもう遊びは秋田!」つって自分から苦労しに行ったんだぞ

苦労すりゃ良いってもんじゃないんだなと悟って
苦行をやめて中道の道へ行ったんだよ

18: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:13:15 ID:IX2
そも漢字てインドにアレへんのに
仏教用語が漢字なんはちょっとどうかと思うで

26: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:22:38 ID:7w3
>>18の指摘は正しくて

釈迦がチュンダのご飯食って死にかけてる時
「やべえよ、釈迦死んだらもう説法聞けないじゃん」つって
弟子たちが「じゃあ教えてもらった説法を書物で残して良いですか」と聞いて

それが最初の経典になるんだけど

この時に、釈迦の弟子たちは釈迦を偉いと思ってるから
最上級のカースト、バラモン専用の司祭言葉であるサンスクリット語で残そうとした
釈迦は偉いから、その辺の文字じゃなくて、最上級の文字で残した方が良いよね、て

でもこの時釈迦は
「俺は相手が理解できないとしょうがないと思ってたから、相手によって説法を変え、
分かり易さを追求して対機説法してたのに、なんでバラモンしか読めねえ文字で残そうとすんだ?」

てサンスクリット語でお経を残す事を拒否している。

当時はマガダ語とかパーリ語とか使われてたようなんだけど
そういう一般的な文字で残す事になった
「相手が理解できないと意味ないよな」て

なので、インドから伝来して中国で漢語に訳されたんだけど
現在でも日本で漢語のお経を唱えるってのは釈迦の教えに反するよな
「相手が理解できねえと意味ねえぞ」て

28: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:25:02 ID:jaJ
>>26
なるほどな
つまり修行での読経とは別に
それを布教する説法も重要になってくる訳だ

27: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:23:03 ID:jaJ
仏教は日本では
苦しい世界でいかに安心(あんじん)を得るかって思想になってるんだよな

29: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:26:03 ID:Avn
いっちだけど

おれの思想では、釈迦が悟ったのはそういう状態にたまたまなっただけで
それ自体に特に意味があるけでも価値があるわけでもなく
ただ正解だったっていうだけっていう思想

たとえ釈迦であろうとも脳内の化学バランスが崩れりゃふつうにいろいろだめになっただろうしね

32: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:28:46 ID:7w3
>>29
釈迦は悟ってすべてに執着してないはずなんだけど
死ぬ直前くらいで、弟子のアーナンダに

「水くれよ!俺は飲みてえんだよ!水くれよおおおおお!!!」
て執着してたよ

36: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:31:48 ID:Avn
>>32
まちがってない
間違ってるのはみんなの執着への概念
執着しないこと自体は自己啓発の一種で、そうなれば楽でいいねっていうだけで
執着を捨てられるかどうかは自分では制御できない
それは釈迦でも同じこと

31: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:27:42 ID:5Q1
物事の客観的な認識の仕方って面では見るべきものがある

が、結局のところ、「世の中の理不尽を受け入れて、反抗しないで死ね」という
暴君にとって都合のいい奴隷操縦法である点は、キリスト教と同じだと思う

35: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:30:31 ID:Avn
>>31
まったく違う

諸法無我なんだから自分が結局なにを選択しようと、そこに自分はないっていうだけ
レジスタンス組織してもいいし、暴君になってもいいし、死刑犯罪おかしてもいい
あなたはそうなるように生きてきて、そうなるようになっただけ
そこにあなたのこうなりたいっていう根本的ななにかや運命みたいなものは存在しない
すべては生まれた時あるいはその前からの連鎖反応、自然の一種

反抗したければすればいい、でもそれはあなたの自我ではないっていうだけ

38: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:37:59 ID:5Q1
>>35
でもブッダが弟子に求めた戒律としては
執着するな、議論するな、贅沢するな、でしょ

何にも執着しないから、欲望も苦しみも起こらない
暴君や犯罪者といった、加害者に対する認識をルサンチマンすることによって
被害者を宥めようとしてるだけで
信者に対して「何やっても許されます」なんて言ってないと思うぞ

39: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:41:12 ID:Avn
>>38
そら結局大多数のやつが諸法無我に到達しないし理解もできないからな
自分がスイッチになって先導する役割はごめんこうむりたいだろう
執着しない生き方は楽は楽だしね、制御できるわけではないっていうだけで

33: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:28:52 ID:jaJ
まあその正解に皆が辿り着こうとしたから人が集まった訳だけどな
だから価値がでた

40: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)00:54:33 ID:5Q1
その執着しないってのが曲者で
本当に何にも執着しなかったら、生きることにも
苦痛を避けることにも執着しないから、人殺しが現れても反撃も逃走もせず
飢えても食物を求めないわけで

それって要するに「何もしないで死ぬ」ことが仏教における最高の価値観であり、徳なんだから
加害者と支配者にとって都合のいい思想だな、と

44: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:00:26 ID:Avn
>>40
それはちがう
だいたいその時点で何もしないで死ぬことに執着している
執着しないっていう生き方を徹底するのは自己矛盾がかならず発生する
んだからこの自己矛盾を解決する手段が悟りであり、諸法無我であるわけだが

48: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:03:50 ID:Avn
いっぽう、世の中の大多数の人はその当たり前よりも
執着や感情や自我に振り回されてて、それが当たり前だとおもってる
コントロールできるものすらもコントロールできないって思ってる

49: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:05:08 ID:7w3
釈迦とアーナンダのやり取りで面白かったのが

仏教って欲望を否定してるから
一体どうやってそれを克服するの?超修行?劇修行?とか思うでしょ


アーナンダ
「女が居たらどのようにしたらいいでしょう」

釈迦
「見るな」


「見てしまったらどうしたら良いでしょう」

釈迦
「話すな」


「話しかけられてしまったらどうしたら良いでしょう」

釈迦
「謹んでおれ」


てこれで終わりだからね
かなり現実的な事しか言ってないんだよね

釈迦
釈迦は、紀元前5世紀前後の北インドの人物で、仏教の開祖である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/釈迦

Buddha in Sarnath Museum (Dhammajak Mutra)


阿難
阿難(あなん、 アーナンダ 阿難陀)は、釈迦の十大弟子の一人であり、釈迦の侍者として常に説法を聴いていたことから多聞第一(たもんだいいち)と称せられた。禅宗では摩訶迦葉の跡を継いで仏法付法蔵の第3祖であるとする。

https://ja.wikipedia.org/wiki/阿難

Ananda


50: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:07:00 ID:Avn
>>49
単純だけど、これ有効なんよねwww

んで仏教ってそういう自我とか真理とか言った正解とは別に
釈迦がそこまでに感じた自己啓発みたいな思想も入ってるから

この世はなんであるか
っていう正解と
この世でどうあるべきか
っていう個人的な正解がミックスされていて、混乱を生んでいる部分はある

52: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:12:24 ID:Jbl
>>50
そうかなぁ
見るなと言われると見たくなるのが人の常だし
根本的な解決になってないと思う

欲望を抑えつけるなら滝に打たれるとかのがいいよ
寒すぎて余計なこと考えられなくなるし

近くに滝がないなら息を止めるとか
プチ苦行のがいいと

51: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:10:11 ID:5Q1
修行で執着を捨て去った後なら、実際に執着しない
修行に至るまでには苦痛から逃れたい、って欲望があるだろうけどな
そして現実的に仏教が信者に求める戒律ってのはそれなんだから
奴隷に都合のいい人間を養成する思想なのは間違いないだろ

予定説や自我の有無についての議論みたいだな

54: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:12:43 ID:Avn
>>51
執着しないってどうやって証明するんだ?
あくまでそう見えるだけでそ
あーこの人は悟ってらっしゃる、執着しておられぬ素晴らしい
って思うかどうかはともかく
執着してるかしてないかなんて、はた目にはわかんないよ

んでだいじなのはそう判断するのは自分だってこと
この構図は決して変わらない

60: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:22:49 ID:5Q1
>>54
それよ、その証明しようのない哲学的ゾンビの有無を論じる水掛け論に通ずるあたりが
自我の存在についての議論と同じだな、とw

実際に執着があろうがなかろうがどっちでもいい
現実になんやかんや自分の中で理屈をつけて、何もしないで済ませるならば
それは実際に執着がない人間と、同じ結果を生じてるんだから
加害者にとっては殴り放題できる。その点だけが「現実の」問題だろう

実際に修行の成果か覚悟の我慢かはともかく
焼身自殺する僧侶や即身仏なんてものもあるんだから

61: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:27:41 ID:Avn
>>60
問題は
現実になんやかんや自分の中で理屈をつけて、何もしないで済ませる

という安易な答えにすがる個人の問題です
この世に仏教があろうがなかろうがこの世はこの世です
それをどうとらえるかはあなた次第です、それに私も仏教も関与できません
だれかが作ろうとおもってできたのではなく、あくまでできるからできただけなのです

57: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:18:15 ID:7w3
そもそも仏教は金や物に執着しないように
最初から物なんか持たない、袈裟の原型になる糞掃衣が3枚とつまようじだけ

物や金なんか持ってると執着しちゃうからダメなんだよ

その辺はキリスト教と同じで
キリストについていきたいといった金持ちに
「じゃあ財産全部ぶん投げて来い」つったら諦めちゃったのと同じ

58: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:21:00 ID:Avn
キリスト教的に、面倒なことは全部神様にお任せ理論はそれはそれで優れているが、
押し付けちゃいけないものまでキリスト教徒はおしつけるきらいがある
まあ中途半端にかじっちゃうせいっていう部分もあるんだろうけど
神社でお願い事するときに、だいたいは自分でやりますんで、どうしてもあかんところはお願いしますね
ってお願いするのとは対照的だなって

59: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:22:46 ID:Avn
世のなかがよくなりますように
とか
家族中がうまくいきますように
とか
商売繁盛しますように
って願うときに
神様に全権委任するか、アドバイザーとして雇用するかでだいぶ意味合い変わる
全権委任すると、気持ちは楽だが

63: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:43:20 ID:Uqc
座禅は執着のない無心でするからこそ意味がある
執着があるなら寝ながら考え事しても同じ

64: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:47:47 ID:7w3
>>63
心を無にする。て良く言うけど

それ伝来の過程で間違った解釈だよ
無について追及しているのは道教

「無から有が発生し、発生した有はまた無に戻る、この法則を道(タオ)と呼び、万物は例外なくこの法則によって存在している」
という老子と荘子の道教

伝来の過程でいろんなもんがぐちゃぐちゃになったでしょ
だからもう7世紀にはわけわかんなくなっていて
「こんなんじゃ仏教さっぱりわかんねえ」つって三蔵法師は天竺行くわけよ

そのころに伝来したのが日本仏教でね
仏壇や位牌を並べて先祖崇拝してみたり、この先祖崇拝というのは後漢時代の漢王朝の影響でさ
仏教は先祖崇拝なんかなんも関係ないから、ごちゃまぜになって伝来しちゃってんだよ

65: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)01:51:37 ID:7w3
仏教で仏壇位牌で先祖崇拝ってのが当たり前になり過ぎていて気が付かない人多いけど

出家というのは読んで字のごとく、家を出るわけだよね
釈迦も妻子を捨てて、王だった親も捨てて出家してるわけで

家を捨てるのが出家なのに
先祖を崇拝してたら出家って言わねえだろ、て
出家は当然、先祖も捨てるんだよ

67: 名無しさん@おーぷん 19/10/26(土)07:21:22 ID:F41
喜捨って言葉は仏教からきたのかな
面白い熟語だよね喜んで捨てると書いて寺社や困ってる人に進んで金品を寄付すること
現代でいうところのボランテア精神かしら



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